500円玉大の「脳内出血」が!
それは2021年11月8日だった。
いつもと同じ月曜日の朝。体調の変化に特に気づかず、いつも通り、普通に仕事していた。
それが11時50分、急に執筆していたメールの文章がおかしくなった。
何回打っても文章がおかしい。10回ほど打ち直し、注意深く文章をチェックして送信できたが…
「あれ?私、変かな…」
すぐに私の異変にくすが気づき、あっという間に病院に連れて行かれた。
病院に着くまでの車の中で、だんだんしんどくなってきた。
とも 「家に帰って寝るわ」
くす 「えっ、ダメだよ。このまま病院行くね」
そのときは本当に自覚がなく、大したことないだろうと思っていた。
着いたのはこくぶ脳外科・内科クリニック

すぐにMRIを撮るつもりだったが、この時にはもう意識が朦朧としていた。
看護師さん「MRIを撮りますよ。身体の中に金属はありませんか?」
とも「…」
意思疎通ができないので、結局レントゲンと撮ることに。
そこでなんと、500円玉大くらいの脳内出血が見つかったそうだ。
こちらはその後労災病院で撮ったCT画像

上の画像の白い部分が出血したところ(言語野ド真ん中)で、サイズは3cm以上。
場所に問題がなければ手術なのだそう。
言葉が出ない・何を言われているのかわからない
その後、こくぶ脳外科・内科クリニックから労災病院へ向かうことになり、その救急車の中で、突然の頭痛。
あまりの痛みに声が出る。次に右足に激痛が。
どちらもすぐに治まったが、過去イチ痛かった。
救急車に乗っている間、ずーーーっと左腕と左太ももで血圧を測られていた。
その圧力がすごく、特に左太ももが痛い!!
朦朧としていたが、よく覚えている。
ところが「痛い!これ外して!!」と思っているのに、言葉に出てこない。
「チッ!」
それしか言えなかった。
香川労災病院に到着

救急車は西側にある専用入口から入る

ピーポー音が止まったことで病院に着いたことは理解していたが、その後しばらく意識はなかったようだ。
ふっと目が覚めたとき、ものすごくトイレに行きたくなり、右手で「むんず」と手すりを掴んで起き上がろうとしたところ、
看護師さんたちに全力で止められた。
女性の看護師さんには「そのままにしとき」と言われた。えー!それはつらいです。
男性の看護師さんにはめっちゃ真剣に怒られているのだが…
「〇▲%〇&^#~~」
何言ってるのか全然わからん。
「なんで?そこまでひどいの?」と、「深刻な事態」らしいことがひしひしと伝わってきた。
右半身の麻痺と手術
今にして思えば、もう失語症になっていたが、そのときはどこも痛くないし、自分の身体に異変が起きていることに全然気づけなかったのだ。
「…もしかして脳出血ですか?」
「うん、そうやで」
義母が脳出血だったので、なんとなくそうじゃないかと思った。
そのときにはどこも痛くなくて、くらくらする、吐き気がする、しんどいなど、さっきまでの症状は何もない。
それからまたしばらく意識がなかったようだ。
次に目が覚めたとき、お尻に敷かれていた右腕を動かそうとしても、動かない。さっきは動いたのに。
「あー…麻痺したな」 右足も動かない。
左腕で右腕を引っ張り出したが、衝撃だった。
腕ってこんなに重いのか。
麻痺した右半身に「これはどうしたものか」と呆然としていたら「これから手術ですよ」と看護師さんの声。
手術が終わって目が覚めたとき、先生に声をかけられた。
「右手、動かしてみて」
無意識にやってみると、右手も右足も動いた。
「うわ!すごいやん!やった!」
なぜうまくいったのかはわからないけど、ありがたいことに手足が動いてくれた。
手術後に私の身に起きた症状まとめ
発症して1週間程度はヘンな症状ばっかりで、本当に戸惑った。
それよりも不安だったのは、回復できるかどうかが何も見えなったことだった。
スマホを取り上げられて、何の情報も入ってこない(理由はいろいろあるらしい)ことがキツかった。
では、脳出血の手術後に私の身に起きた症状をまとめてみる。
【症状1】ものが二重に見える
脳出血になった日から3日ほど集中治療室にいた。
目覚めてまず戦慄したのは「見え方がおかしい」こと。
目の前のものがすべて二重に見える。ビミョーに重なっているというか…
【症状2】右の視界がほとんど見えない
右の視界がほとんど見えない。LINEのトークは最初の1文字しか見えない。

だから読めないし送れない。
ここまで酷いのは手術の翌日だけだったが、その後はiPhoneを没収されたのでわからない。
右手がすこーしマヒしたようだ。そのせいで、文字が汚くなってしまった。
【症状3】時間の概念がない
次の画像に書いてあるように、急性期(罹患直後1~2週間)は特に「時間」という概念がなかった。

みんな少なくとも「今は午前中」ぐらいは、当然わかるよね?
それがないのだ。しょっちゅう時計を見ているが、毎回「気絶してたった今目覚めた人」ぐらい時間の感覚がなかった。
後にわかったが、これは見当識障害。
時間の感覚や場所、家族や友人を見てもわからなくなる障害だ。
私の場合は、わからなくなったのは時間だけだった。
【症状4】見える景色は実際より5cm下
手術後はじめての食事では特にスゴかった。
お粥のスプーンが、超能力者がやったみたいにひん曲がって見える。
だから口元までお粥を運ぶのが大変。
おかゆが「びちゃ」と顎にあたる。
何故そうなるのか?どうも脳がバグったせいで実際よりも5cmほど下にズレて見えるらしい。

【症状5】幻覚が見える
あと極めつけは幻覚が見えること。
注意深くお粥をすくっていると、突然目の前に一瞬だけパッと映像のようなものが見えた。
それも髪の束である。
毛根付きでキッチリ揃った黒髪が、何やら事件っぽい感じで置いてあるのだ。
こんなのが見えた。

「うわあ!!」と叫ぶが、看護師さんは知らん顔。
患者がヘンな様子なのには慣れているらしい。
【症状6】2つの行動が同時にできない
こんな感じで「複数のこと」を同時にできない。
- 右手にお箸を持つ
- 左手でお茶碗を持つ
- お箸を落とす

後にわかったが、これは注意障害。
【症状7】文字はわかるけど読めない
初期の強烈な症状が落ち着いた頃、くすからの差し入れで、病室にマルータ12月号が届いた。

2021年12月号。たしかこの表紙は私が撮影したはず。
マルータが無事に発行された!安堵と感謝でいっぱいだった。嬉しくて涙が出た。
そこでマルータを読もうとしたのだが…。読めない。20文字ほどの1行すら。

単語はわかるが文章の意味を把握できない。目に力を入れ、何度も読もうとする。だめだ、わからん…。
言葉がしゃべれない、わからない。今まで「読めるだろう」と思っていたからこそ、なんとか平常心を保てたのだが。
これは痛恨の大ダメージだった。
何年も磨き続けた「文章を書く技術」が一瞬で泡と消えてしまった。
読めない人が書けるわけがない。
これから何をして生きていけば良いのだろう?
このときは完全にノイローゼだった。
そしてリハビリがはじまる
労災病院で2週間が過ぎ、かがわ総合リハビリテーションセンターに転院した。

毎日リハビリで病院のまわりをぐるぐるお散歩。これはそのときに撮った写真。
そしてリハビリの前に知能検査(WAIS-III)をはじめ、ありとあらゆる検査をやり尽くした。
こちらは、空間能力の検査。パズルは大好きだ。

続いてこちらは、BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)。

遂行機能障害とは、段取りできない、結果を予測できなくなる、複数の作業ができないなど、高次脳機能障害のひとつ。
お茶碗とお箸を同時に持てなかった私だが、遂行機能は問題なかった。
リハビリといえば、言語。
言語聴覚士の先生に「動物の名前を言って下さい。例えばネコとか」と言われたが、1分間でただの1つも言えなかった。
1桁の簡単な足し算引き算も、8+7などの繰り上がりになるとできなかった。
リハビリの後、先生から「これ読んでみて」と本を渡されても、そのときはほぼ読めなかった。
だが、かがわ総合リハビリテーションセンターはとても快適だった。

当時はコロナでお見舞いNGだったが、先生、看護師さん、スタッフさんもみなさん人当たりが良いし、ご飯も割とおいしい。
おかげさまで、転院するまでノイローゼ気味だった私があっという間にメンタル復活できた。
だいぶ落ち着いたのは、iPhoneが帰ってきたのも大きい。
目も割と見えるようになっているからLINEできる。電話もできる。
その頃にあった症状もまとめておく。
次のように、数字を書いても「1、2、3、5」のように「4」を忘れてしまう。

漢字も「洗剤」を「洗済」と書いたり、注意障害だから文字を頻繁に間違える。
そんな状態だったが、足りないものをiPadで買ったり、LINEで家族とやりとりしたりできるようになった。
マンガとノベルが趣味だったのに相変わらず文章が読めない
快適になって、リハビリに集中できるようにはなったのだが、ここでの私は「文章が読めない人」だ。
毎週アプリで更新を楽しみにしていた小説はもう読めない。続きがめちゃくちゃ気になるのに。
あのときハマっていたアニメ『東京卍リベンジャーズ』だって、もう全く意味わからないだろう。
仕事はさておき、読めなくなったという事実がボディーブローのように地味に効く。
が、こんなことを受け入れられる訳がない。絶対にごめんだ。
だから寸暇を惜しんでリハビリしまくった。
読書練習を続けながら自分で分析してみた。
ひらがな、カタカナ、漢字。文字1個1個は読める。熟語も、忘れてるものもあるけど、だいたいある程度はわかる。
マルータに載っていた次の1文に焦点を当て、文頭から読み始めてみることにした。

「北海道…生クリームや…希少糖…ナントカシロップなど…?」
句点まで読み進めた時点で、北海道生クリームのことは忘れている。
というか、たかだか10文字前に読んだ内容のキープができないみたいだ。
横書きはマジで読めない。
でも、縦書きだったらすこーし読めるようになってきたかもしれない。
縦横で読め方が違うのは、右目の視野がガッツリ狭くなってる影響かな?
縦書きも横書きも、読めないけど毎日ひたすら自主的に練習。日記、個人的な手記などもやった。
他にも毎日、パズルや小学生の国語・計算ドリルなどの宿題も出してもらった。

毎日計算ドリルをやってると、少しずつ出題レベルが上がる。
いろんなパズルもやった。

計算は苦手だけど、この宿題は楽しかった
朝から寝るまでリハビリ・リハビリ・リハビリ。通常なら入院といえばテレビだと思うが、入院中にテレビは一秒も観る気になれなかった。
がんばったおかげか、退院が決まった頃には文章が少し読めるようになっていたし、計算だって四則演算できるようになった。
割り算の筆算のやり方を思い出して「あ、そやそや。こうやったよな?」と、ST(言語聴覚士)さんの目の前で解くと、「おおおおおおおおおっ!!」と、めちゃくちゃ驚かれ、とても褒められた。割り算で?逆に恥ずかしい(笑)。
今後のリハビリについて先生方に相談に乗っていただいたが、皆さんは口を揃えて「あなたの場合、仕事がリハビリでしょう」と言っていた。
【悲報】年内に退院したかったが叶わず
かがわ総合リハビリテーションセンター(通称リハセン)に入院した当初、入院計画では2~3ヶ月で退院することになっていたが、主治医の河井先生にすごく抵抗した。
とも 「絶対年内に帰る」
河井 「いやいや」(半笑い)
とにかく早く帰りたかった。
クリスマスもここで過ごした。ちなみに、そのときの病院食がこちら。

ミートローフ、ボルシチ、クリスマスケーキって、すごくない?
すごく手間暇かけていただいてるなぁって感謝した。
年内退院を目指してリハビリを全力で頑張ったが、結果的に敗北した。
といっても、かなり早かったらしい。確かに、1ヶ月半で退院できたので予定より全然早かった。
こちらは、脳出血した11/8当日と、その16日後11/24のCT画像。

その20日後の12月15日と、さらに20日後の1月5日のCT画像がこれ。

500円玉大だった「白い塊」は手術でだいたい取れたが、少し残った部分も小さくなっているのがわかるだろうか?
河井先生によると、「だんだん腫れが引いていくんや」。
高次脳機能障害の症状も、こうして変化していくらしい。
そして、2022年1月7日に無事退院した。
あろうことか退院翌日に仕事復帰
みんなにドン引きされるからあまり言えなかったが、退院翌日の1月8日に仕事に復帰してしまった。しかも土曜日。
ちゃんと理由はある。
「成人式のスナップ写真撮影」が予定されていたからだ。
この日に撮影できる人はくすしかいない。

成人式スナップ。毎年この企画は、声がけ係と撮影係に分かれて2チームで撮影大会していた。
とも 「私行こうか?」
くす 「えっっ!それはダメだよ」
とも「成人に声掛けするのは別の人がやってくれたら。黙って撮るだけなら全然できる」
くす「えー…でもー」
とも「できるって。撮るだけやし」
ということで退院翌日に仕事復帰を果たした。
復帰直後、1つ感じていたことがある。それは「みんな、なんでそんなに速いの?」だった。
感覚的にみんなすごく速い。言葉のスピードも、ノリも、1つ1つの所作まで。
まるで自分だけスローモーションの世界にいるような感じで、全然ついて行けなかった。
私が話し始めても誰も気づかず、誰かが話し始めてみんなそっちを見る、というのも頻繁にあった。
高次脳機能障害の中の〇〇障害。どれにあたるのか全然わからないが、この症状は少なくとも6ヶ月以上は続いていた。
失語症を抱えたライターとして復帰
業務内容に関してはかなり配慮してもらっている。
難しい話と早口が苦手なので、営業は引退して制作中心になり、取材は必ず誰かの同行、聞きながらメモれないので全部録音だ。
私はほとんど黙って隣で聞いているだけ。
当たり前だが、最初文章を書くのはかなり苦労し、毎日朝から晩までイライラとの闘いだった。
言葉が出てこない、今週中に原稿上げたい…これはメンタル鍛えられるわ。
その後、高次脳機能障害のことをいろいろ調べたところ、それっぽい症状のことが書いてあった。
「短い会話はできても、長い会話になると理解が難しい」「複数のタスクを同時にするのが難しい」と書いてあるではないか。
首がもげるほど激しく頷く。
これも注意障害で、高次脳機能障害の症状だ。
あと、この症状で意外とやっかいなのは「見た目は普通の人」というところだ。
地味に対応に困っているのに、人にはそう見えない。
もう1つ自分で驚愕しているのは「頭に浮かんだ言葉と違うことを言っている」ことだ。
最初に気づいた時は本当にビックリした。
看護師さんに「お名前を教えてください」と言われ、子ども時代(30年前!)の姓で名乗ったのだ。
私のシナプスは一体頭のどこからこの懐かしい姓を引っ張り出したというのか。
こないだも高松の病院で「ここまでどうやって来たの?」と聞かれ、頭の中では自分の車が浮かんでいた。
「車です」って言ったつもりなのに私の口では「自転車です」って言っていたのだ。
それを漫画にしたので、見てほしい。

自宅から20kmもあるのに自転車ってなんだよ。
その頃の会話の相手からは「ともさんは何か勘違いしているな」と思われていたはずだが、何割かはこのシナプス君たちの仕業だったはずだ。
誤解されかねない受け答えのバグもあるため、社外の人とは怖くて迂闊に話せなくなった。まったく。
そして6ヶ月が過ぎた
2021年11月に倒れて6ヶ月。脳疾患経験者の間で「6ヶ月の壁」といわれるものがある。
発症してから6ヶ月を過ぎると、劇的な回復は見込めなくなるそうだが、ゆっくりではあるが回復はするのでリハビリは続行。
今困っている症状は失語症、注意障害の他にもまだある。
特に困るのが「人の声が聞こえづらい」ということだ。
転院先でリハビリの先生が勧めてくれた本『にほんごがこんなふうにみえたのよ! ~39歳で脳出血! オレの片マヒ&失語な日常~』を少しずつ読んでいると、思い当たることがいくつも書いていた。

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『にほんごがこんなふうにみえたのよ! ~39歳で脳出血! オレの片マヒ&失語な日常~』山﨑 明夫 (著, イラスト), 牟田 育恵 (編集)
入院先で言語聴覚士K先生に勧めていただいた本。
著者・山﨑さんが明るくのほほんと、そして哀しい脳疾患の世界を教えてくれる。
マンガと短めの文章なので読みやすい。
中でも激しく同意したのが「カクテルパーティー効果」という心理効果の話だった。
多くの人は周りが騒がしくても会話はできるし、騒音の中でも自分の名前を呼ばれると聞こえる、というとわかるだろうか。
そんな状況でも、普通の人はみんな「カクテルパーティー効果」のおかげで聞こえるのだが、私の場合は弱いというか低下しているというか。
この本の著者と同じで、私も会話している相手の声がすごく聞こえづらい。もともと耳がすごく良かったのに。
高校のとき、物理の授業で「人間が聞きとれる音は20ヘルツから2万ヘルツの間」と習ったときのことだ。その授業で2万ヘルツを超えてどこまで聞こえるか実験をしたところ、私はクラスでいちばん高いヘルツまで聞こえていた。
それなのに、今は何せ聞こえにくい!私の耳には重要度とか関係なく、「大きな音順」で入ってくる。
BGMが流れているところやガヤガヤしている場所、声が届く範囲で喋っている人がいたらほとんど聞こえない。
特に電話が最悪だ。私が脳出血したことを知らないクライアントさんからフツーに電話がかかってくるのは本当に困った。
どうやって説明したらいいのだ。
言葉が出ないのに。
3割くらいしか聞こえないのに。
言われたことをボロボロ落としまくっているのに。
しかも聞きながらメモれないのに。
さらに電話切ったら忘れてるのに。(もともと短期記憶が超弱いだけ)
そうか、5重苦か。
こうなると電話がかかっても半ばキレ気味で電話に出ない。
大半はくすに対応してもらった(笑)。
皆さま、すみませんね。
「強いストレスは人を殺す」と知っておく
そもそも私が45歳で脳出血になったのは、ストレスから来る高血圧が原因だった。
主治医にも「仕事やりすぎや。こんなこと普通ないで?」と言われた。
当時の私は毎月の校正時期、脳内で戦いのドラムを鳴らしていた。
完全なワーカホリック(仕事中毒)で、自らストレス値を爆上げしていたのだ。
今思えば何年も前からサインが出ていた。
家事は超だるく、体重も増え続け、気がつけば創刊から10㎏増。さらに夜中に何度も目が覚めていた。
頑張った分マルータは元気だが、その対価が脳出血と高次脳機能障害だった。
あれ以来、私には「強いストレスは人を殺す」という認識が刷り込まれている。そのため、今はストレス値が上がってきたらわかるのだ。
オン・オフの切り替えもできるし、ちゃんと休んでるし、それを楽しんでいる。
家事は苦痛ではないし、ダイエットも成功して10㎏痩せた。やはり人間には「余裕」がいる。
大人はみんな忙しいのでストレスが強いのは仕方がない。まして子育て中は自分だけのリラックスタイムを作ることだって難しい。
だからストレス値を下げるには自分なりの工夫がいると思うが、健康についての優先順位を上げる努力をした方がいい。
あと血圧が高い人は、「血圧管理」しないと絶対ヤバい。脳卒中は日本人の4.3人に1人が生涯で発症するといわれている。
この数字はみんな人ごとではないはずだ。
周囲に気になる人がいたらぜひ「この記事を読んでみ」と声をかけてほしい。







