2022.06.23 編集室より 【完結】スタッフ体験談・ともが脳内出血になってから

ともです。
マルータ読者さんより「先月見逃した!」のお声も頂いたのでバックナンバーを公開しています。
なお、応援して下さる読者の皆さまありがとうございます!
今は回復が進み、入院していた頃よりだいぶ良くなりました。
皆さまもとにかくお体を大事にされますよう…

その1

それは11月8日だった。
いつもの日と同じ月曜日の朝。体調の変化に特に気づかなかった。あえて言うなら変だったのが、メールの文章が打てなかったことだ。

「あれ?私変かな…」

すぐに私の異変にくすが気づいた。そしてあっという間に病院に連れていかれ、CTで500円玉大くらいの脳内出血が見つかったそうだ。
その時私の意識はすでに朦朧としていた。手術前に意識が戻り、なんとなく右手を動かした。が、そのつもりだった。脳では確実に命令をしたのに右手は動かなかった。

「ああ、マヒしたな」

それから間もなく、これから手術ですよと看護師さんの声。
そして暗転。
目が覚めた時、先生に声をかけられた。

「右手動かしてみて」

無意識にやってみると右手も右足も動いた。

「うわ!すごいやん!やった!」

なぜうまくいったのかはわからないけど、ありがたいことに手足が動いてくれた。
結論から言うと私はこうして今文章を書かせて頂いている。

実はその日からしゃべることも、人の言葉を理解することもできなくなっていた。
私に、マルータに、家族に、一体何が起きたのか、今後も少しづつ書き留めていこうと思う。

その2

脳出血になった日から3日ほど集中治療室にいた。目覚めてまず驚いた事は「見え方がおかしい」こと。目の前のものがすべて二重に見える。右の視界がほとんど見えない。

特に手元にあるものはもっとスゴかった。お粥のスプーンが超能力者がやったみたいにひん曲がって見える。だから口元までお粥を運ぶのが大変。おかゆが「びちゃ」と顎にあたる。何故そうなるのか?どうも脳がバグったせいで実際よりも5cmほどずれて見えるらしい。

あと極めつけは幻覚が見えること。注意深くお粥をすくっていると、突然目の前に一瞬だけパッと映像のようなものが見えた。それも髪の束である。毛根付きでキッチリ揃った黒髪が、何やら事件っぽい感じで置いてあるのだ。「うわあ!!」と叫ぶが看護師さんは知らん顔。患者がヘンな様子なのは慣れているらしい。

脳の疾患は脳出血、くも膜下出血、脳梗塞とあり、3つあわせて「脳卒中」と呼ぶ。私のような脳出血よりも、約8割と最も多いのは脳梗塞なのだという。

私のように「物がダブって見える」「視野が欠ける」というのも脳卒中によくある症状らしい。中でも「左右どちらかの手足のマヒ」は幸運にも避けることが出来たが、「言葉は出にくい」「人の言葉があまり理解できない」という症状はしっかり出た。

それより何よりも不安だったのは、回復できるかどうかが何も見えなったことだった。コロナでの面会制限で何の情報も入ってこない。これがいちばんキツかったと思う。

後からわかったことだが、主治医の先生や看護師さんにとっては「何も言えない」理由はあった。その先生たちの「苦しい事情」を次回にお伝えしようと思う。

その3

朝元気に家を出て、昼に倒れてICU。仕事のアポも、公共料金の支払いも、誰にもわからない。みんな大混乱だったはずだ。それだけでなく近親者はものすごく心配して、ものすごく落ち込んだ。

脳卒中は今まで出来ていたことを奪い去る。患者と家族はその現実を受け入れられない。医療の進歩で昔より命を失うことは確かに減ったが、逆に障害が残る。

実際「どれくらいで治りますか?」という質問がいちばん多いと先生から聞く。リハビリで回復する症状と、脳細胞の損傷で二度と回復しない症状があるのだ。それを見分ける方法はない。つまり先生たちも全く答えを持っていない。

罹患(りかん)したばかりの患者は、すぐにこれを「受け入れられない」。突然やってきた厳しい現実を受け入れ、また立ち上がるには時間が必要なのだ。それほど重いことを先生たちは患者に軽々しく話せない。

もしも「治るよ」と言われて実際治らなかったら絶望するかもしれない。言葉は難しい。だから先生たちはみな言葉を慎重に選んでいるはずだ。

同じ患者である私ですら、病室などで自分より明らかに症状の重い方に、目を向けることすらできない。私自身が言葉をほとんど喋れなかった時、「普通に喋る人」をみて強烈に嫉妬したのだ。私にはこの荒海を必死に超えている諸先輩方をリスペクトすることしかない。

次回も続けて私の経験を綴っていこうと思う。奇怪な症状は目だけでなかったのだ。

↓は実際に描いたもの。転院した時にiPadで時々こんなのを描いていた。長い入院生活で時間があったのとリハビリを兼ね、持ってきて欲しいものを絵にして家族にLINEした。右手の動きが悪く、文字を書くのが難しかった。今見ると失語症と高次脳機能障害の症状で間違いも多い

 

その4

以前「目の見え方が酷かった」と書いた。その後回復して、今はもうほとんど問題ないくらいちゃんと見える。あとは右目の視野が少し欠けているくらいだ。

目以外にも脳卒中の症状はいろいろあり、人によって違う。私が抱えているのは、足のしびれと「高次脳機能障害」だ。

この高次脳機能障害はイヤな症状をいろいろ起こす。「言葉を思い出せない」「感情が抑えられない」「はさみなど慣れた道具の使い方がわからない」などなど、バラエティーに富む。脳卒中の後、急に怒りっぽくなった知人がいた。今思えばかなりご苦労されていたと思う。

私の場合、今困っているのが言葉がなかなか出てこない「失語症」だ。テレビを観ていても、お笑い芸人さんの名前なんか3割も思い出せない。最近いちばん出てくるのは「あれ」か「あの人」だ。

この症状で意外とやっかいなのは「見た目は普通」な所だ。地味に対応に困ったりしているのに人にはそう見えない。

もう一つ自分で驚愕しているのは「頭に浮かんだ言葉と違うことを言っている」ことだ。最初に気づいた時は本当にビックリした。看護師さんに「お名前を教えてください」と言われ、子ども時代(30年前!)の姓で名乗ったのだ。

私のシナプスは一体頭のどこからこの懐かしい姓を引っ張り出したというのか。

こないだも高松の病院で「ここまでどうやって来たの?」と聞かれ、頭の中では車が浮かんでいた。「車です」って言ったつもりなのに私の口では「自転車です」って言っていたのだ。自宅から20kmもあるのに自転車ってなんだよ。

会話の相手からは「ともさんは何か勘違いしているな」と思われていたはずだが、何割かはこのシナプス君たちの仕業だったはずだ。誤解されかねない受け答えのバグ、会社では怖くて電話にも出られない。まったく。

【6/21更新】その5

去年11月に倒れてもう少しで6ヶ月。脳疾患経験者の間で「6ヶ月の壁」といわれるものがある。

発症してから6ヶ月を過ぎると劇的な回復は見込めなくなるという。もちろん私もまだまだリハビリに集中している。そして前回書いた「失語症」の他に、困っている症状その②は、「人の声が聞こえづらい」ということだ。

転院先でリハビリの先生が勧めてくれた本を少しずつ読んでいると、思い当たることがいくつも書いてある。その中でも激しく同意したのが「カクテルパーティー効果」の話だった。多くの人は周りが騒がしくても会話ができるし、騒音の中でも自分の名前を呼ばれると聞こえる、というとわかるだろうか。これは「カクテルパーティー効果」という心理効果が働いているからだそうだ。これが弱いというか低下しているというか。

その本の著者と同じで、私も会話している相手の声がすごく聞こえづらい。もともと私は耳がすごく良かった。高校の時、物理の授業で「人間が聞きとれる音は20ヘルツから2万ヘルツの間」と習った時のことだ。その授業で2万ヘルツを超えてどこまで聞こえるか実験をしたが、私はクラスでいちばん高いヘルツまで聞こえていた。それくらい耳には自信があったのに。だからこそ単なる難聴ではないのがわかる。

このコラムを書くために「カクテルなんとか」を調べていてわかったことがある。ある資料によると、どうやら私は「注意障害」というものらしい。これも高次脳機能障害の症状だ。「短い会話はできても、長い会話になると理解が難しい」「複数のタスクを同時にするのが難しい」と書いてあるではないか。首がもげるほど激しく頷く。退院してから3ケ月以上経つけど、取材が難しくなっている訳だよ。

次回はまとめとして、主治医に教えてもらった「恐怖の脳卒中対策」を綴ろうと思う。


にほんごがこんなふうにみえたのよ! ~39歳で脳出血! オレの片マヒ&失語な日常~
山﨑 明夫 (著, イラスト), 牟田 育恵 (編集)
入院先で言語聴覚士K先生に勧めていただいた本。著者・山﨑さんが明るくのほほんと、そして哀しく脳疾患の世界を教えてくれる。マンガと短めの文章なので読みやすい。

【6/21更新】その6

今回は、主治医のK先生が教えてくださった脳卒中対策について書こうと思う。その前に、まず「脳卒中という病気」を知ってもらいたい。

医療保険の「三大疾病」を聞いたことはあるだろうか?これはがん・心疾患・脳血管疾患の3つのことで、それだけ多くの人が罹る重大な病気ということである。がんはさておき、この心疾患(心臓の病気)と脳血管疾患(脳の病気)はどちらも主に「血管の病気」で似ているところがある。もっと言えば、血管が破れたり詰まったりする問題が起きた場所が、脳か心臓の違いである。

私の場合は脳出血だが、血管が切れたその原因は「高血圧」だ。ここ数年血圧なんて測ってなかったので、自覚は全くない。それでも先生に「仕事のストレスが非常に強かったはずだ」と言われ、ものすごく納得した。ストレスと血圧は関係大ありなのだそうだ。

今回私が紹介できる「脳卒中対策」は、シンプルに高血圧対策だ。要するに「今高血圧だったら下げること」である。先生に教わった簡単な対策は「散歩」だった。1日30分でもいいから歩くこと。毎日が難しいなら週3回でも良い。これは簡単だが効果が早かった。確かに歩いているとすぐに血圧が10近く下がった(あくまで私の場合)。

うちの事務所では「くす」と「まも」が高血圧ナカマなので、最近お昼休みに近所を3人で散歩している。もちろん「高血圧3きょうだい」と呼ばれている。

ボーダーのシャツが私(とも)。後遺症はあるが、だいぶ元気になった

あと1つ、重要な対策がある。それは「絶対に脳卒中になってはならない」という「認識」である。がんも心疾患も恐ろしい病気だが、脳の病気は後遺症が怖いのだ。

脳卒中は罹る人が多く、命が助かっても半身マヒや言語障害のような後遺症が残る可能性が少なくない。寝たきりにもなり得るし、要介護では最大の原因となっている。そうなると家族ごと人生設計が崩れてしまう。だからこそ脳卒中に関する知識は持っておくべきだ。そうしたら体の特性を考えて自分なりに気を付けたり、医療保険をちゃんと備えたりすると思う。

「高血圧に気を付けるくらいみんな知っている。それより1回脳卒中になったらもう遅いんや。みんなそれを知らないかん」。K先生に教わったこの「認識と知識」こそが最大の「脳卒中対策」だ。できれば自分の体のことなら何でも相談できる「かかりつけ医」を持って、定期的に診察をしてもらうべきだ。私の場合は退院後、自動的にできたかかりつけ医がK先生だったのだが。高血圧なら内科か循環器科のお医者さんを探すといいと思う。

脳出血を発症して全6回、自分の経験を紹介させてもらった。一人でも読者の方がこの病気を回避できるよう願ってやまない。

この記事を書いた人

とも
とも
坂出市在住のシングルマザー。昔は本好きだったのに最近はマンガばかり読んでいる。