中津万象園の新人スタッフ・ミキちゃんが、万象園ゆかりの人物に素朴な疑問をズケズケと質問して答えてもらう新コーナー『新入社員ミキチャンの「万象園ハッケン伝!」』。
第2回のゲストは、万象園で個展を開催している洋画家の狩野裕子先生です。
こんにちは、新人スタッフのミキです。真冬に入社した私ですが、季節は巡って春がやってきました。万象園は一斉に咲き誇るツツジが美しいという評判ですが、桜の木も数こそ少ないものの、代笠亭に腰掛けてひらひら舞い散る花びらを眺めていると、日本庭園の侘び寂びを実感することができました。
桜といえば、「狩野桜」と呼ばれる独特なタッチで桜を描くことで知られる洋画家の狩野裕子先生の個展「中讃百景完成記念 狩野裕子展」を、園内の絵画館で開催中です。狩野先生が丸亀美術館で個展を開くのは2回目ですが、何でも狩野先生にとっては万象園が特別な存在で、今回の個展は先生にとっても悲願だったのだとか。
そこで、在廊中の狩野先生に真相をお伺いしてみました。
ミキ「狩野先生は中津万象園に深い思い入れがあると伺いましたが?」
狩野「話せば長いのですが、大丈夫ですか?」
ミキ「そんな壮大なドラマがあるのですか?ぜひお聞かせください!
堀裸婦画の背景モデルから、三豊百景まで
ミキ「そもそも狩野先生が万象園と出会ったきっかけは何ですか?」
狩野「私が今のような風景画を描き始める前は、主に『裸婦』と『桜』をモチーフに絵を描いていました。その裸婦画の背景として、万象園の風景を描いたのがきっかけでした」
ミキ「もしかして、万象園本館のホールに飾ってある『麗日』という作品ですか?」
近年は『三豊百景』『中讃百景』と地元香川の風景を中心に描かれている狩野先生ですので、もともと風景画を中心に描かれていたのかと思っていましたが、『裸婦』をメインに描かれていた時代があったのですね。そこからどうして『三豊百景』や『中讃百景』に繋がっていったのでしょうか?
近年は『三豊百景』『中讃百景』と地元香川の風景を中心に描かれている狩野先生ですので、もともと風景画を中心に描かれていたのかと思っていましたが、『裸婦』をメインに描かれていた時代があったのですね。そこからどうして『三豊百景』や『中讃百景』に繋がっていったのでしょうか?
狩野「よく気付かれましたね!裸婦がメインの作品ですので、背景に描かれているのが万象園と言われてもピンとこない方が多いと思うのですが、さすがはスタッフさんです」
ミキ「私も『どうしてサギが描かれた裸婦画がここにあるんだろう』と疑問に思っていましたので、今すごくスッキリしました。万象園にはいつもサギがいますし(笑)」
狩野「私にとっては地元の先輩でもあり、画家の師でもある田中岑との出会いがあったからです。観音寺で開催した田中との二人展のモチーフとして『三豊百景』の制作を提案され、『ふるさとの風景を描くことは、あなたにとって絶対プラスになるから』と言われたのがきっかけでした」
ミキ「私もどういう経緯があったのか気になっていました。実際のところ、先生にとってプラスになったのでしょうか?」
狩野「振り返ってみると、いろんな意味でとてもプラスになっていますよ」
出会いと発見の数珠つなぎ。そして再び万象園へ
狩野先生が『三豊百景』を描き始めたのは、今からちょうど20年前の2006年のことだそうです。絵を描きはじめて15年目にして、それまでと違う視点で作品を描き始めることになったそうです。私も中津万象園で働きはじめてまだ間もないので、どう向き合っていいのか分からない業務も多く、戸惑いの連続です。その1つが、マルータさんのこのコーナだったりしますけど(笑)
ミキ「狩野先生も、これまでの作品とは違うモチーフを扱うことに、抵抗や戸惑いのような気持ちはなかったのでしょうか?」
狩野「もちろん、最初は『100作品も描けるだろうか?』と、先の見えない途方もない道のりを歩き始めたような不安がありました」
ミキ「私も図録で作品を拝見させていただきました。『三豊百景』初期の作品は、これまでの延長線上にあるような、波打つ曲線を多用してふるさとの風景を表現されていますよね?途中からガラッと作風が変わられて、何だか肩の力が抜けられたような、色彩もやわらかくなられた印象があるのですが」
狩野「その通りです。本当によく気付かれますね!最初はプレッシャーもあったのでしょうね。風景を描くというよりも、私自身の情熱を風景というモチーフに乗せて描いているような感覚がありました。それが、地元に帰って題材を探すための取材をしているうちに、ふるさとの皆さんの温かさに触れ、そんな皆さんが暮らすのどかな風景に目を向けた時、ふと気付いたんです。奇をてらうことなく、この空気感をそのまま作品にした方が絶対に良い、と」
ミキ「わかります!いつも目にしている何気ない景色が、狩野先生の優しい視点で素敵に切り取られていて、三豊って有名な観光地も多いですけど、それ以外にもいいところがいっぱいあるんだ!って目からウロコでした」
狩野「そう言っていただけると嬉しい!デッサンのために実際に足を運んで、そこで暮らす人々と何でもない日常会話を重ねることで、作品のイメージを膨らませていきました。こうした出会いが無ければ、『三豊百景』は完成しなかったかもしれません」
ミキ「『三豊百景』の地元香川での完成披露展を、丸亀の万象園でされたのはどうしてですか?」
狩野「これもいろんなこ゚縁が繋がった結果なんです。三豊の富士建設さんが万象園の運営管理をされていることもありますし、そもそも万象園とご縁がある友人に紹介していただいたのですが、行ってみれば高校時代のクラスメイトの元同僚さんや仕事仲間の方がスタッフさんにいらっしゃったりして」
ミキ「そのクラスメイトって、うどんブームの火付け役の方ですか?」
狩野「そうなの。だからでしょうか、皆さんうどん屋さん情報にも詳しくて、三豊百景展開催中に、万象園がある丸亀周辺の推しうどん店に連れて行っていただいたり(笑)」
ミキ「いいなー!私も連れて行ってもらいたい!(笑)」
狩野「私もまた行きたいわ。お願いして、今度ご一緒しましょう(笑)」
うどんの話……じゃなくて、万象園での個展の話まで来たところで、今月はここまで。狩野先生のお話はまだまだ続きます。ここから『中讃百景』へと、どう繋がっていくのでしょうか?
ミキ「続きが気になります!ヒントをいただけますか?」
狩野「実はうどんの話も少し関係します。あと、パステルとの出会いもそうですね」
ミキ「すごく楽しみです!先生のお話をお伺いしていると、人との出会いがターニングポイントになっているんですね。私もこれからどんどん新しいことに挑戦していこうと思っているのですが、先生のお話をお伺いして、一歩踏み出す勇気をいただけました」
狩野「ここで私と出会ったのも運命なのよ、きっと。私が絵を描き始めたのが36歳の時ですので、ミキチャンもまだこれからいろんなことに挑戦できるわ。頑張ってね!」









