ピックアップ 【巻頭企画アーカイブス】 ボランティアを超えた驚異のうどん打ち集団 「碧空会」【再掲】 2021.02.06

月刊マルータ、過去の巻頭特集から好評だったものを再度掲載するシリーズです。

2018年9月6日。「ふくしフェスタまるがめ」を翌日に控えた土曜日、丸亀市綾歌町栗熊の農家の離れに人びとが集まりました。たらいに小麦粉をふるい、秤にのせます。水を注ぎながら目盛りを見つめる男性が「今日は10」と声を上げました。たらい一つあたりの重さです。小麦が6㎏、たらいが1㎏、注がれる塩水が3㎏。いよいよ、うどん通の間で「味も機動力も最強」と賞賛される讃岐うどんボランティア「碧空会」のうどん作りが始まりました。

仕込みは前日から





前日の仕込みは和気あいあい、でもテキパキ

碧空会は必ず前日からうどんの仕込みをします。1・5㎏の団子84個を作り、円盤状に伸ばして寝かせます。伸ばして切るのは明日、本番の当日です。団子1個で12玉のうどん、その数全部で何と1008玉。総重量126㎏、使う小麦84㎏。驚くべき規模です。しかもその味は素晴らしいと評判で、碧空会が参加するイベントを毎回楽しみに訪れる「追っかけ」まで存在するようです。会員の皆さんは特に打ち合わせなどなく淡々と役割をこなします。「もうみんな慣れとるから」と涼しい顔。この、驚異のうどんボランティア集団「碧空会」とはどのような会なのでしょうか。

きっかけは香取村

鳥取県に旧満州・樺林から引き上げてきた栗熊出身者が分村しました。香取村という酪農の村です。この香取村との交流事業で讃岐うどんを振る舞い、大好評だったことが碧空会の始まりです。「うどんで人びとを喜ばせて社会に役立てる」ために老人ホームを巡り始めたのが昭和62(1987)年。以来30年間活動を続け、当初6名だったメンバーは現在25名に(取材当時)。皆さん栗熊地区周辺に住む人たちです。農繁期以外の時期は毎週のように活動しています。

美味しさの秘密

碧空会のうどんは、とても美味しいと評判です。その秘密を会長の川本さんにお聞きしました。「機械を使わずに昔ながらのやりかたで手打ちしとるだけ」と拍子抜けするほどシンプルな返答。実際、老人ホームでは「私らが昔つくっとったうどんそのまま。なつかしい味」と必ず言われるそう。機械を使わず全て手作りで出せる味、讃岐うどんの原点の味と言えるかもしれません。

讃岐うどんの原風景

いよいよフェスタ当日。会場に4台の軽トラックが集まります。直径70㎝はありそうな大釜、バーナーにプロパンのボンベのセットなど。写真で見られる通り、その規模はまさに「機動部隊」です。昨日同様に皆さん淡々と役割をこなします。この準備の余裕は場数をこなしてきた経験の賜物のようです。
集合から約2時間、いよいようどんの提供開始です。こうしたイベントでは有料での提供です(それでも200円!)。いりこと昆布の優しい出汁のシンプルな「かけ」。どんどん人が来ても素早くうどんが出るので、行列がなかなかできないほど。でも気がつけばテント周辺はうどんをすする人たちでいっぱいです。待ちわびていた人、通りすがりにふと手にする人、ベビーカーに乗った子どもから、杖をついたお年寄りまで…。「おいしいからもう一杯ちょうだい」と、お代わりに来た初老の男性。「これ食べるために三豊から来たんよ」と顔がほころぶ女性。碧空会のテントの周りには讃岐うどんの原風景が広がります。

喜んでもらえる、喜び

女性会員の大熊さんは「みんなが喜ぶ顔を見るのがとても楽しい」と言います。夫に、「自分より長生きするんだから友達たくさんつくったら」と言われ参加した大林さんも「おいしいって言ってもらえるのがすごく嬉しい」と言います。林田さんご夫妻はご主人の父親が参加していた縁。「父がやっていて自分も」とご主人。歳の差で定年が2年遅れて奥さまも参加。最年少34歳の男性会員、倉田さんは地元の製麺業勤務。奈良出身で讃岐うどんの勉強にと参加したそうです。「うどんはもちろん、先輩の皆さんから様々なことを学びます」。活動はとても和やかで楽しそうです。しかし会員の若返りは必須の課題で、「新しく参加してくれる人がいたらええんやけど」と川本会長。

碧空会の美味しいうどん、食べるだけでなく作るのに参加するのも素敵ではないでしょうか?

(再掲:月刊マルータ2018年11月号巻頭特集)

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くす
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